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死神の接吻は別離の味 : レビュー

   ↑  2009/09/05 (土)  カテゴリー: 未分類
死神の接吻は別離の味死神の接吻は別離の味
(2009/04/24)
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クリアしたのはちょっと前なんですが、レビュー書くためにちょっと再プレイ。

まず、もう、なんといっても、キャラクターの可愛さ・萌えっぷりが挙げられる。いやもうこれどうよ? ボクは乱舞界さんの「妹革命」っていう惹句に惹かれて購入したひとなんですが、それどころではありませんでした。
革命してんのは妹だけじゃねえ
全キャラ革命。妹革命に加えて、なんかよくあるタイプの友達キャラ革命、そしてロリレボリューションまで起こっている……!

完璧です。「萌えゲー」って言い方はイヤなんですが、確かに「萌え」というものに対して、完膚なきほど成功している。HAHAHA、可愛くて仕方ないぜ。この空間が味わえるだけで出した金額の元は取れるハズだ……!

あと、ギャグがそこそこの数入っていて、そして意外と面白かったです。が、なんというか、ツッコミ役が不在で勿体無いなぁと思わせつつも。それはそれで、独特の味が出ている。


■第二の死

ということで、「萌え」から離れて、お話面について、ひとつ真面目な語りをしましょう。
『第二の死』。
人には二回の死がある(死は二回観測される)。一度目は肉体的な死、二度目は象徴的な死。ジャック・ラカンの申し上げたことですね。まず、人が死ぬとします。これが肉体的な死。肉体は死に果ててしまいますね。次に、象徴的な死が起こります。これは偶に「忘れられること」と説明される場合がありますが、それでは端折りすぎというか、ズレが生じてしまうでしょう。決して忘れられなくても、象徴的な死を迎えることはできる。一言でいえば「心の中の位置」の問題です。たとえば、とある”Aさん”と付き合ったとする。そうすると、浮気などを考えてなければ、私の心の中の「恋人」の位置を占めるのは、Aさんになる。そして、そのAさんが不幸にも亡くなってしまったとする(ここで肉体的な死が起こる)。Aさんは肉体的には亡くなってしまって、実体的にはもう既に「恋人」ではなくなる。……のだけど、それでもまだ、彼の心の中では、Aさんが恋人だと言える――認識する――思う――ことはできる。亡くなっても、まだ彼は/彼女は私の恋人である――現実でも、他の物語でも、そういうことを感じたり、見かけたりすることはあるでしょう。これは「恋人」の部分を、何に変えても当て嵌まりうる(象徴的位置)。私にとっての先生はあの人だけとか。(野球で)○○の4番打者は(今も誰かが座ってるけど彼ではなく)今でも引退したあの人だけだ、とか。

忘れることが問題なんじゃなくて――「忘れる」は方法の一つでしかなくて。
問題となるのは心の中での「位置(配置)」のこと。象徴的秩序のこと。
つまり「第二の死」というのは、死んだ者には死んだ者への態度を取る(取れ)ということ。居ない者を居る者と同然に扱うというのは、すなわち実際には居ないけど彼の中では居るということ。
忘れないで第二に死んでいただくこともできる。

本作の根幹部を、「第二の死」から読み取ることができる。象徴的な死というのは、何も「忘れる」=対象が消えるということではなく、象徴的位置が変わるというだけで、もう意味がある。忘れないで第二に死んでいただこうとするならば、「生きている対象」を「死んでいる対象」として取り扱うことで可能でしょう。
まこっちが「死にたがっていた」ことは、数え切れないくらい、幾度も幾度も示されています。

今日も死ねなかったか。


このまま僕は、死神に連れていかれるのだろうか。
すなわち、それは自らの死へと結びつく。
そう考えると、肩からふっと力が抜けた。
恐怖よりも、安堵のほうが強かった。
――ようやくこれで日和のそばに逝ける。
今の生活に未練はない。
僕が望むもの。
僕が死神に望むものは――


その状態を、琥珀は「死人(シビト)」と称した。
以前のまこっちの「死人」状態は前者、死んでいる対象を生きている対象と同位にした結果、己自身が死に配された――もしくは、境界が曖昧化された状態。死んでいる日和を自分と同じ境位の存在にしようとするならば、それでいてまこっち自らが未だ死んでいないのであれば、全てが死んでいるか全てが生きているしかありえなく、そして、まこっちが「日和が死んでいる」ことを(象徴的)理解している以上、前者――つまり自己の存在の生と死が等価である状態――しかありえない。
物語後半では、それが覆されるのですが。それは。死者の位置の変化により、自身の位置が変わったから。

象徴的秩序というのは配置の問題。”実質の問題ではない”。

個人的な話をしますとね、各シナリオ後半部におけるまこっちがUZAくて仕方なかったのですが、その辺もまた彼の位置の問題、”実質よりも位置”というお話でしょうね。

まこっちは後半、降りかかる(ヒロインの)死の運命みたいなのとかを覆すことを願いながら、それはただの願い、むしろ具体的にどうこうという計画性と実現性の無い駄々っ子の癇癪じみてるくらいなんですが、「どうして」「納得したい」ということをめちゃくちゃ求めますが、「○○がいい」「○○であるべき」と根拠も理由も無しに(根拠も理由も考えずに・言わずに)断言しますが、その、”感情的なものとしても幼稚すぎるほどの感情さ”、つまり直情的すぎる直情さは、短絡的を超えた短絡さは、それ故に、そのモノの実質/実際よりも、己の内のなかで既にして”決まっている”と申し上げられるでしょう。「欲しいのは納得」と述べた場合、彼が欲するのは実質ではなく象徴だと自ら述べているも同義。AはBであるべき、というのは、全て必ず「実体的・実際的な問題ではない」(だからこそ、ラカン「女は存在しない」ワケだ)。あますところなく象徴的な問題でしょう

実際には「何も変わっていない」のに、彼・彼女の中では「変わっている」。
ちょっと大雑把になりますが、全体的にはそのようなところ。

これについてはよく指し示している場面がありましたので、引用してみましょう。


sinikiss_01.jpg
物語序盤である人物(凛の兄)が死んでしまい、その死亡現場に花が飾られることになります。そして、この「背景絵」は”しょっちゅう”出てくる。
これは見れば分かるように、凛の兄はもう居ないし、死亡したのも随分前だし、つまり場所は同じでも、時間的な意味での現場からは遠く離れているのだけれど――その背景の中ではずっと花が残ってる、つまり「死が残っている」ワケです…………が、個別ルート(選択肢)以後は、その背景絵から花が消失します。

sinikiss_02.jpg
確かに時間が経てば、いつしか献花もされなくなるかもしれない。死の痕跡はいつまでも残り続けるワケではなく、いつかは終わる。つまり、この「場所」におけるかつてあった死も、現在まで痕跡が残るものではなく、かつてあったものとして扱われる――すなわち「第二の死」を迎えることになるだろう。

……しかし。

sinikiss_03.jpg
「手向けられた花のそばで、里中さんが沈痛な表情を浮かべている」(雫ルートの方)

しかし、本当に花が消えてしまったワケではなかった
もしかしたら献花されてる場所が変わって、規模も小さくなっているのかもしれないけれど、そこにはまだ確かに花があった。しかし、カメラはもうそれを写していない。今までは写していたけれど、今はもう写していない。
花は消えたのではなく、実は在った。背景から消えて、死の痕跡も(絵的に)消えたけれども、実際には在った――つまり花は現実から消えたわけではなく/死の痕跡は現実から消えたわけではなく、見える限り/見えた限り=つまり「まこっちにとって(私にとって)」消えていたワケです。
これこそが、象徴的なもの。
現実に/実質的に変わっていなくても、彼にとって(私にとって)変わっているということ。

それは、かつてのまこっちのようにひどく苦しい思いをさせる――あるいは、今の里中さんのように。(上記引用に続くテキストは、教室では元気があるように見えた彼女も、大切な人を失った現実に今も縛られている。
しかし、人はそういう象徴的なものに頼って生きている――現実を見ているのだから、この「第二の死」は、誰もが、いつでも、通る/通りうる道筋である。

第二の死。死んだ者には死んだ者への態度を取らなくてはならない。そうしない/できないことの何がまずいかというと、それでは、いつまで経っても「次がやってこない」という点。いつまでも――死んでいるのだから、変わらずに、永遠に――それが続くことになってしまう。しかも続くといっても、もう居ないのだから、進むことも戻ることもなく続くだけなのだ。
それを乗り越えてこそ――第二に死んで、そこでようやく、はじめて、”はじまる”。


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