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紫色のクオリア

   ↑  2009/07/28 (火)  カテゴリー: 未分類
最近読んだライトノベル。

紫色のクオリア (電撃文庫)紫色のクオリア (電撃文庫)
(2009/07/10)
うえお 久光

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各地で絶賛の嵐!
って感じのよーな気がするんですが(あんまインターネットしないのであいまいないんしょう)、確かに素晴らしき作品。わたし個人としては今年第2位くらいにグッドライトノベルでした。

以下多少なりともネタバレね。核心的なところは、てきとーにぼかして書きますけど、ネタバレっちゃあネタバレです。てきとーにぼやけた眼で見てればだいじょーぶだけど、ちゃんと見るとネタがバレちゃうよ!

量子論・量子力学を絡めつつ―――ということですが、これについてはサイエンスフィクションというより、よくライトノベルにある「自己設定」の「裏付け」・「道理」のようなものなのだろうくらに考えるのがとりあえず妥当かと思われます。つまり難しくない。それでいて面白い。ライトノベルに限らずフィクションによくある、何だか謎の力、その作品世界独特の超能力的な力とか霊能力的な力とかも、その作品内で「そうである道理」「それが存在する道理」「それがそのように在る裏付け」が語られたりしますが、それと一緒。というか、その様な感じ、というか。
それを量子論の方でやってしまうから面白いんですね。……正直、ちくしょー、上手いことやられたなー、って感じ。
もうひとつの、「クオリア」については(つまり「第1話」の方)、実体と情報に関する定式を間違えなければ問題ありません。ここでは、実体があって情報があるのではなく、情報があって実体がある(本当は同位に近いですけど)くらいに考えればいいと思います。
たとえば、いま貴方の目の前にパソコンがあると思いますけど、その場合、目の前にパソコンがあるから、「パソコンがある」という情報があるわけですね。しかし、その順番は、本当に正しいのか。実際に目の前にパソコンがあるから「パソコンがある」という情報があるのか、それとも実は、目の前にパソコンがあるという情報があるから実際に目の前に「パソコンがある」のではないか―――実際はどちらも同時的かと思われますが(それこそ実感からすればデコヒーレンス的な意味で”失われている”わけですが)、考え方としてはこういうところがよろしいでしょう。なぜゆかりにソレやアレが可能なのか。それは「実体」と「情報」の序列が、わたしたちが普通考えるであろう「実際にソレがあってはじめて情報がある」というのと異なっているからです。
まあそんなことはともかく。見所はやはりガクちゃんの素晴らしさ。たとえ千回でも万回でも繰り返そう、てゆうかたぶん1,000,000,000回?繰り返している、そう、億回だろうと繰り返そう、アナタに辿り着けるまで―――なのですが、これは本当に素晴らしい。だって彼女の繰り返しは、同じ事の繰り返しではない、ありとあらゆる無限の可能性の繰り返しだ。ということは、その中で、様々な幸せに溢れた自分や、金や権力を手に握り捲くっている自分や、愛や幸福に満ち溢れた自分や、普通に生活して普通に結婚して普通の人生を歩んでいる自分などに、何万何千―――十億と、会っているのだ。そしてそれを選ぶことも可能だった筈だ。けれど選ばない。
自分を愛してくれる人も沢山いた。アリスなんかはよく慕ってくれた。他にも沢山の親しい人が、愛すべき人が、愛してくれた人が、愛した人がいただろう。けれど、それを棄てる。毎回棄てている。一回二回どころじゃない、ガクちゃんは、それらを―――愛する人を、大切な人を、世界を、十億回と棄てているのだ。
しかもそのこと、全部自覚している。大切な人を棄てていることも、世界を無碍に唾棄していることも、自分の手に入れられた/手に入れている幸せも、ぜんぶ、知っていながら棄てている。
なぜか。足りないからだ。
その全てを足し合わせても、彼女が欲しかった―――辿り着きたかったところには、全然足りないから。最終的には自分自身すら棄ててしまうのですから、彼女のクオリア(誤用にして誤用にあらず)は恐ろしいばかり。世界の全ても、他人の全ても、愛の全ても幸せの全ても、自分の全てすらも、その目的の前では唾棄されるモノになってしまうのだから。
ホントに、光というのは恐ろしい。たったひとつ以外は全て消される。そして、故に美しい。光は、たったひとつ、迷い無く線を紡ぐ、他の全てを捨て去ってただひとつで在るからこそ美しいのだ。

FC2スレッドテーマ : ライトノベル (ジャンル : 小説・文学

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2009/07/28 | Comment (-) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ |

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