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そらいろ プレイメモ #2

   ↑  2009/09/21 (月)  カテゴリー: 未分類
『そらいろ』の愛衣メインシナリオについて。以下めっちゃネタバレ。

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■愛衣メインシナリオ

いやはや、傑作でした。

ゼロ地点をめぐるお話。つばめ過去編で「ボタンの掛け間違え」の喩えがありましたが、それに近いようなものがあります。「知らない人」から「友達」、そして「(恋心を抱いた)幼なじみ」になる前に「兄妹」になってしまった。その二人が今、「恋人」という関係を”はじめる”には、そこまでに築いてきたものを一度ご破算にしなくてはならない。ゆえのゼロ地点。本当に最初からやり直せるわけでも、過去にタイムスリップできるわけでもないけれど、築き上げた関係という檻を”心の中では”、壊して最初からやり直すことができる。つまりこれは、ゼロ地点をめぐる――そこに至ろうとするお話。

……ぶっちゃけ上だけで全てを言ったも同然なんですが。そこに至る仕組みとして「ブイ・無人島」と「ウソ記憶喪失(残余の封じ込め)」という二つがありまして、これが非常に輝いてましたね。

子供の頃の愛衣は、このブイに何を求めたのだろう。
今思えば、俺が言い出した『秘密の入り口』ってのも、愛衣は真に受けたわけじゃないと思う。
それはあくまで口実で、『秘密の入り口』っていうのは、名前のない何かを指す暗号のようなもので…
当時の愛衣が、そして今の愛衣が、ここに求めたものは――



まず「ブイ」というもの。これは大海原になぜかポツンと存在する、異質なものです。本来何もない海の中にある筈のない人工物にして、遠目からではそれが一体何なのか分からない奇妙なもの。本来ある筈もない上に、しかも謎のものですね。いわば「染み」(ホルバイン「大使たち」における「染み」の例と同じく)のようなもの。海の中にポツンとある、なんだか分からないもの、海からして見れば異質なものが、愛衣は「気になる」と言い出すのです。しかもそこには「秘密の入り口」があるのではないか――ここではない、どこか別の場所に繋がっているような、別世界に繋がっているような。
これを、(子供の頃の)愛衣の健士への恋心の隠喩と読むことは可能でしょう。だからブイを目指し、十年後は無人島に辿り着いた。つか、そうとしか思えない。この頃から既に、僅か以上の恋心(自覚のあるなし関わらず)を彼女が抱いていたことは、語られています。それは『兄妹』という関係からは、本来ありえないもので、そして届かないものである。『兄妹』という関係性の海にポツンと存在する「異質なもの」としての恋心。それは海の中にポツンと存在する異質なものとしてのブイに似ていて、そしてその恋心に届いてしまったら、『兄妹』の関係から違うところに連れて行ってくれるかもしれない。謂わばこの関係から違うところに繋がる、「秘密の入り口」。
愛衣は 本当は何でもよかった。別にブイじゃなくても良かったんだよ。お兄ちゃんと一緒にいられれば、私はそれで… と語りますが、そのように何でも良かったのに、山に登るでも海岸を駆けるでもなく、わざわざブイを目指したこと、ブイに幻とはいえ秘密の入り口を幻視したこと、それらの理由は、上記のようなところに挙げられるでしょう。見る者を反映する「染み」のように、その寄る辺ないブイに、自身の恋心を馳せた。

ただし「ブイ」では足りなかった。届かなかった。自分で設定した自分のゼロ地点は、本当にゼロ地点になることはない――そこからもう一歩踏み込んで、つまり「過剰」「余剰」に至ってはじめて、象徴的秩序のやり直し=ゼロ地点に至れる。「ブイ」を隠喩とする観点からみれば、「人工物」で「島ではない=確固足らない・一時的・地に根を張っていない」という寄る辺無さがそこにあるでしょう。せいぜい途中まででしかない。だからこそ、「無人島」を目指したし、そして無人島であったからこそ、彼女の「けじめ」が達成できた。

ゼロ地点、そこに至るにもう一つ。「ウソの記憶喪失」が絡む。

愛衣「これ以上、お兄ちゃんを好きになったらダメなんだって」
愛衣「私はもう、つばめちゃんみたいな幼なじみにはなれないんだって…」
愛衣「兄妹なんだから、そんなのダメだってわかってたけど……好きになる気持ちは、もう止められなかった」
愛衣「それで私、熱を出して寝込んだ時に思ったの。このままじゃお兄ちゃんと一緒に居るのが辛くなるって」
愛衣「そんなのは嫌だから…だから私、全部忘れたことにしようと思ったの」
愛衣「お兄ちゃんを好きな気持ちも、
お兄ちゃんと気まずくなったことも、
お兄ちゃんと本当の兄妹じゃないってことも」
愛衣「全部忘れたことにすれば、幼なじみにはなれなくても、また仲の良い兄妹に戻れるって――」


「恋心」が叶えられない――『兄妹』という点から、むしろ「かなえてはいけない」もので、けれどそれをどうしようもないほどに抱いていて、その所為でつばめや花子に嫉妬したり、兄と気まずくなったり、みんなと一緒に居るのが辛くなったりする。それを克服する方法は二つ。恋心を叶えるか、恋心自体を失くしてしまうか。そこにおいて愛衣は、『兄妹』であるから、そこに届かないからと、前者を選択した。

つまり『兄妹』になったわけですね。いや、『兄妹』であると擬装した、と言うべきでしょうか。未だ健士のことを好きだったワケですから。これによって、戸籍的に、制度的に既に『兄妹』であったけれど、心の面においても、完璧に『兄妹』に”なりすました”。
仲良くしても、甘えても、ベタベタしたって、嫉妬したって、兄妹ならば、恋心に届かない。
だから逆に、作中でも語られてましたが、ここにおいては嫉妬とかの感情を表に出せるようになっている。子供の頃は用事があるといって逃げたり、無言で流したりしか出来なかったけれど、十年後のそこでは、自由に嫉妬も感情も振りまいていられる。それは『兄妹』という前提を擬装したからですね。どんなに――まるで”恋愛的に・恋愛感情みたいに”振舞っても、『兄妹』ならば、恋心には届かない。どうやったってブイには辿り着かない――あるいは、ブイ=一時の場までは辿り着けても、無人島=永住の場までは辿り着けない――からこそ、まるで自由なように振舞えている(そしてだからこそ、無人島に辿り着くことが「けじめ」となる)。

さて、その『兄妹』というのは、生まれつきのそれではなく、”そうあろうとした末でのそれ”でしかありませんでした。愛衣は、記憶を失くしたフリをして、妹であろうとした。健士は、愛衣のために、兄であろうとした。しかしそれはあくまで、恋心には辿り着けない=無人島には辿り着けないという制度であって、実際に恋心が消失するわけでも無人島が消えてなくなるわけでもなかった。「そこには行けないようにする決まり」なだけであって、実際にそこ(恋心)が消えてなくなった――もう二度と芽生えなくなった――ワケではなかったのです。
その、どうしても残る残余としての「恋心」の自覚と成長が、前提としてある「制度」と結び合い、『両想い』だけど『兄妹』でありつつ『恋人』ではないような、新しいその関係を作っていった。シナリオ後半部の、恋心に気付いたけど、今更兄妹であることをやめられずキスもできない状況、なんかがそれですね。

だから「けじめ」としてのゼロ地点が必要だった――そしてそこに至った。

一言、『ごめん』と言えばよかった。
それから『一緒に遊ぼう』と手を差し伸べればよかった。
そうすればあのひと夏を無駄にすることも、愛衣を寂しがらせることもなかった。
そして、あの最初の夏を無駄にしなければ…
俺達は兄妹になる前に、幼なじみに…
あるいはそれ以上の関係に、なっていたかもしれないのに。
でも結局そうなる前に、俺達は兄妹になってしまった。
そこから両想いとなるまで、十年近くの遠回りをしてしまった――


最後のところ、なぜ「ごめん」と謝って、「遊んだ」のか。そんな必要があったのか。それは「最初から」――あるいは「最初を」やり直すということ。つまり、『兄妹』になる前に、『幼なじみ』になっておく(さらにそれ以上に)。それをここで為しえよう、それをここで為しえた、というか、ここでしか出来なかった。子供の頃に封印した恋心を象徴する地、違う関係への秘密の入り口が幻視された土地。これは儀式だったわけです。
だから最後の最後の愛衣の健士に対する呼び名は「お兄ちゃん」のままで良かった。お兄ちゃんで恋人で、妹で恋人。それを成立させる方法として、「最初」を、「出会い」を、やり直す。

だからこそ、子供の頃の俺達は、何年かかってもそこまでは辿り着けなかったのだが…
しかし今の俺達なら、その距離もきっと乗り越えられる。
あれから成長して大きくなった俺達は、決して越えられなかった一線も、乗り越えられてしまう――


ここまでは簡単に来れる場所ではなくて、子供の頃は乗り越えられなくて――子供の頃に乗り越えられなかったから。十年もの遠回りと、時間と、様々な確認と手続きが必要だったけれど――必要になったけれど。それでも、その空の色のような移り変わりがあったからこそ、ここに来れて、『恋人』で『兄妹』という、新たな関係がはじめられたわけです。ラストシーンの空が、朝日を浴びていたように、「最初」にして「新たなる」はじまりが―――。

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