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volume7(ボリュームセブン)

   ↑  2009/12/22 (火)  カテゴリー: 未分類
走り幅跳びにしろ走り高跳びにしろ同じである。助走に対し、跳躍は一瞬。しかしその跳躍は、短い瞬間だけれども、短いからこそ、届き得ないような素晴らしい輝きを見せるのである―――とかどうだろう。
Volume7(ボリュームセブン)Volume7(ボリュームセブン)
(2008/10/24)
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さて、「後半が急展開」「後半に詰め込みすぎ」みたいなことを言われているぼるしちですが、確かにそうでした。主人公とヒロインの組み合わせが異なる三つのシナリオの後、ラストシナリオの「真世界編」がはじまるのですが、そこでは、謎や設定が一気に解き明かされて、新展開や陰謀が一気に加速して、伏線張って展開して布石置いて展開して、というシナリオが猛スピードで繰り広げられる…………ぶっちゃけった話、猛スピードすぎてプレイヤーを半分置いてけぼりです。感覚としては、2クール予定だったのに急遽1クール打ち切りになっちゃったのに適当なところで流したり切ったりしないで、当初の見取り図を全部きちんとラスト3話に収めてしまった結果、あまりの密度の濃さに誰もついていけなくなったテレビアニメとか。

ただ一番の問題は、密度や速度というよりも、焦点なのかもしれません。実は前半も後半も、単品で見れば決して悪くはないはずなのに、あわせて一つで見ると、どうにも歯切れが悪くなってしまう。それは恐らく、「前景」と「後景」の突然の入れ替わり―――いや、それどころか、かつての「前景」「中景」が消失したかの勢いで後退したこと、そここそが問題かと思われます。

序盤3シナリオはそれぞれの主人公とヒロインの恋愛模様がメインとなっています。世界の謎とか蠢く陰謀チックなもの・それの伏線なんかも貼られていますが、それはあくまでメインとなっているものの裏側に配置されている「後景」であって、メインとしてプレイヤーに提示されている「前景」は彼らの恋愛でした。そちらがメインであり、さらに言えば、恋愛のみならない(つまりヒロイン以外のキャラ・他の主人公や他のヒロイン含む登場人物同士の)会話とか親睦とかが「中景」として挟まれていて、世界の謎的なものはさらにもう一段裏側にあったわけです。たとえばネット上の評判を見てみると、「世界観(=雰囲気)がよい」「キャラのやり取りがよい」みたいな意見を拝見することもできて、その辺はまさに前半3シナリオの「前景」「中景」であった部分ですね。
ゲームの半分以上においては、そのようなものが描かれていた。カメラのピントはそちら――恋愛と(当初からの主人公&ヒロイン2×3)人物間に当てられていたワケです。
それが後半に入りがらりと一変する。彼らの「恋愛」というのは、明らかに後景に置かれ(十丸組以外の2組はさらに後退でしょう)、当初からいた彼らの人物間の関係・やり取りなどは、もうどうしようもないほど後退する――つか、もう殆ど砕けちったと言っても過言ではない。多少ネタバレになりますが、「記憶喪失」と「演技」が起源に置かれてしまうわけですから、関係もやり取りも、物語の為の車輪としては十全でありますが、かつての中景のような心地よさを表す機微からは遠く離れてしまっている――つか、ぶっちゃけ、ラストなどの一部を除けばカケラ以外木っ端微塵に砕け散ってしまっています。そりゃ記憶喪失と演技なのだから、当然なんですけど。

かつての前景は後退し、中景は消え去り。その代わりに、前3編におけるサブキャラと未登場キャラたちが、関係ややり取りを紡いだり、あるいは恋愛を紡いだりするわけですが。そうなってくると明らかに、前半3シナリオから分離しちゃってるわけですね。それは代替にはならなくて(そもそも前半3シナリオのキャラは健在なわけですし)、それでいて前半3シナリオの景色は失われていて、では後半「真世界編」だけで作り出される景色はどうかというと、そのキャラのやり取りや関係・恋愛と同じくらい、あるいはそれ以上に、謎や陰謀や設定や展開が「前景」として主張されていて、それ故に”それが後景だったからこそあった景色=謎や陰謀や設定や展開に繋がらない恋愛や人物の関係・やり取り(逆説的に言えば、「真世界編」でのそれらは、謎や陰謀や設定や展開が「前景」のように強烈に主張してくるから、否が応でもそこに接続されてしまう)”とは全く異なる……故に代替され得ない。

えーと、なんか問題点を挙げるみたいになっちゃいましたが、いやホント「ぼるしち」は勿体無いと思うんですよー。なりそこねオブザイヤー2008って感じ。ディストピアの究極系は未来予測(そしてそれに伴う「未来管理」)であるが、しかし未来予測が計算である以上、予測が不可能になるような要素は人は誰しも持っている。それを、出すことが出来る。それが、一番大切なものでもある。そこまで計算が行き着いた世界において、計算(管理側)を主体に置いた場合のエピファニーとも言える「ボリューム(セブン)」の要素。それは当たり前でありふれた結論ではあるけれど、だからこそ、何者にも、未来予測にも、管理にも、計算にも、到達不可能なのである。

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