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2009年にプレイしたエロゲ その3

   ↑  2010/01/06 (水)  カテゴリー: メモ
ということで前回の続き、そして今回で終わります。ようやくw
最後の「装甲悪鬼村正」だけネタバレあります。





幼なじみは大統領


「大統領は幼なじみ」ではなく、「幼なじみは大統領」です。つまりそういうことで、実はあんまり大統領とか意味ねーなというか、ぶっちゃけ部活動みたいになってたなーと(大統領部)。これどうなんだろーなー。評判見る限り、評価高い人と評価低い人で綺麗に分かれてるみたいなんですけど。大前提としてイチャイチャするので(言葉がおかしく思えるかもしれないけどこれで合ってる)、それが肌に合うかどうかが問題かしらん。

夏空カナタ


たとえば『Kanon』なんかがその進化を突き詰めていった結果はどうなるかといえば、こうなる。そんな感触が強いですね。いや本当に、選ばれなかったヒロインが不幸になるという系を貫いていて、そして選ばれたヒロインは主人公いなくちゃ生きていけないという系を貫いている。(※「選ばれる」という言葉の恣意性・操作性、つまり詭弁性はさておき)

つよきす


つよきすつよきす
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「きみある」とか「まじこい」もそうですけど、タカヒロのステキなところは、全部「努力の先の~」というところなんですよね。たとえば「きみある」で、昔色々な経験積んできたことが今役に立っているとか、「まじこい」で、たとえば百代シナリオとか顕著ですけど、努力して頑張ってその先で報われるとか。ワン子シナリオは努力して頑張ってけれど叶わなかったというものなんですけど、それでも最後にはフォローを入れてますよね(というか、流れぶった切って地震を起こしてと、少し無理してまで入れてますよね=そうまでしても入れざるを得ない=それくらい大事な理念である)。
で、「つよきす」で、たとえば乙女さんシナリオなんかはまさにそうなんですけど。頑張れば報われるってのが絶対ってわけじゃないけど、けれど、頑張って努力して、変えようとして歩んで、その先にはやはり新しい未来が待っているわけで。そういうところを決して外さないのがステキだと思うんです。「つよきす」の館長の教育方針とか、「まじこい」の学園長の教育方針なんかも、要はそういうことですよね。川神魂とかは、その為の精神的なツールでもある。
ギャグとかネタとか、そういうところばっか注目されますけど、こういう点とか、トラウマをエロゲ的に扱わないところとか、そういうのがあるから、ただのギャグゲー以上に評価されるんじゃないかなぁ、とか。タカヒロにおいては、上記の理由からも奇跡はなく、寄る辺無く奇跡無くただ闇の旅を進んでいってるのであり、しかしそれでも「進める」というところが、作品を(ギャグを)輝かしいものにしている。単純に言えば、頑張ったことに対する報いが、既にして描かれている、とか。

G線上の魔王


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(2008/05/29)
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うーん、面白いことは面白いんだけど、特にコメントするようなことはないなぁ。えーとたとえば、理想形というのは、一般に憧れの対象であると考えられるワケだけど、本当に理想形すぎてしまったら、それはもの凄く出来が良すぎて、人間に見えるんだけど人間には再現不可能ゆえに深刻な断絶を感じさせる彫刻とか人形と同じで。届かないことが目に見えている。―――えっと要するに、あんまりにも隙がなさすぎるわなぁという話でして。

アトリの空と真鍮の月


これですね、正直な話をすると、自分には全然ダメでした。ネット見ると高評価受けてるんですけどね。や、そもそも前提がおかしくて、「果てしなく青い……」が超苦手なボクが発売日に購入するとかいう時点で道を違えてたと言わざるを得ない……! えっーと「果て青」好きな方にはおおむね良い評価みたいなので、そういった方ならあるいは。

Sugar+Spice Party☆Party


これはとりあえずレビュー参照ということで終わりでいいのではないだろうか。ミニエピソードとミニゲーム集。中古1,980だから手を出したけど、定価で買うのは辛いかなーと。本編と分離してるけど本編のような形式で描かざるを得ないシナリオ(普通のノベルゲームにしちゃったら、それはもうシュガスパではないので!)に、本編のそれと同等の色艶があるわけがなくて。ミニゲームもまあ、当然推して量るべしな内容でして。それでも七並べはなぜかめっちゃハマりましたけどね! 七並べなんて普段出来ませんしねー。いつ以来だ。小学校低学年以来か。とにかくポイントとなるカードを抑えまくって、対手3人がパスせざるをえない状況に追い込むのが、Sっ気を刺激してすごく興奮する面白い。なんかあのー、戦国時代で、城を取り囲んで敵の武将を自害に追い込むってこんな感じなのかなーと、暗い欲望を刺激してくれますね。出すカードが無くてパスせざるを得ないで困り顔涙目の司とか最高だぜ!(※そんな顔グラはありません、俺の脳内妄想です)
シュガスパの「締め」であることを考えると、ここまであからさまに、ただの過去の出来事とIfの出来事であるエピソードを”発掘”させる(しかもあまり面白くないミニゲームという単純労働=発掘作業を伴って!)構造は、見事と言えるかもしれない。

ましろ色シンフォニー


ましろ色シンフォニーましろ色シンフォニー
(2009/10/30)
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愛理シナリオー!俺だー!結婚してくれー!

いや、他もいいんですけどね、とにかく愛理シナリオが最高すぎました。最強すぎました。マジ結婚してえ(シナリオと)。記憶を消す装置があったら、ましろ色プレイした記憶を消してもう一回新鮮な感情で愛理シナリオプレイしたいっすね。
とはいえ愛理シナリオについてはレビューの方に書いたのでそれで代替ということで。てゆーか基本的にはプレイすれば十分わかるというか、伝わるというか、感じるというか。ヤバいよ。マジヤバイよ。どのくらいヤバいかっつうとマジヤバイ。
えーと、なんか他にも書こうと思ってたんだけど、愛理シナリオのこと思い出したらそれだけで脳内メモリがいっぱいになってしまったなぁ。キャラクターの良さ、キャラ萌えに関しては、他に類を見ないほどに凄かったですね。これは1年に1本レベルの凄さだなぁと。

戦国ランス


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(2006/12/15)
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評判どおりにといか、評判以上にというか、とにかく面白かったです。一言でいうなら「時間泥棒」。以上。

Volume7


いまさら言うまでもないんだけど、色々と勿体無かったと言わざるを得ないゲーム。

スズノネセブンSLC


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(2009/11/27)
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8人のライターによる8キャラのシナリオが響き鳴らすは8つの鐘の音。このコンサートをとくと見よ! 個人的には本編よりも評価高かったり。こっちの(サブキャラの)シナリオの方が個人的には好みっすね。あと本編の共通ルート収録というのが地味に大きい。共通ルート、結構面白いんですよ(と思ったけど考えたら体験版で間に合ったりするのかも)。


ということで、以上。
今年のベストテンみたいなのを決めるならこんな感じでしょうか。

1位:俺たちに翼はない
2位:装甲悪鬼村正
3位:花と乙女に祝福を
4位:真剣で私に恋しなさい!
5位:コミュ
6位:ましろ色シンフォニー
7位:なし
8位:なし
9位:dies irae
10位:ナツユメナギサ
次点:そらいろ

7位と8位が無いのは、評判のいい「星空のメモリア」「シャッテン」「きっ澄み」あたりを積んだままなので、そこら辺に期待しているーというか。
とにかく「俺つば」と「村正」が段違いだったというのが今年の印象ですね。この二つは(村正はまだクリアしてないので仮ですけど)個人的な歴代ベストテンによゆーで入る勢い。
単純に今年プレイしたゲームという意味では、1位:俺つば、2位:村正、3位:戦国ランス、4位:花と乙女、5位:シュガスパ、という感じでしょうか。甲乙付けがたいほどの良作を結構プレイさせて頂きました。いや、つまんないのも結構プレイしたんですけどw

2010年のエロゲはなんつーか凄そうですね。さすがに『魔法使いの夜』は出そうですし、『Rewrite』も五分五分以上の確率で出てもおかしくないでしょう。『太陽の子』も、みなとそふとのホームページ見ると「『まじこいS』は『太陽の子』のあとに作る、『太陽の子』は案外早そう」みたいなこと書かれていて、何気に今年中に出てもおかしくなさそうです。他にも『GIRL'S WORK』も出てもおかしくない時期かと……いや出ないような気しかしないといえばしないんですけどw あと田中ロミオさんの新作もあるらしい(よくわかんないけど、現時点では「タイトル未定」のやつ)っすよね?
この辺が全部出たら、奈須きのこにタカヒロに丸戸にるーすぼーいにロミオにめておに竜ちゃんに(一応だーまえ)にが出てくるワケで、そりゃ期待度が上がらざるを得ないわけっす(しかし見返してみると、2005年って上記の人全員が新作出してたんだよなー(さらに瀬戸口@スワソン、東出@あやかしびと、早狩@群青、トノイケ@さくらむすび、奈良原@刃鳴散ら、枕流@鎖なども出ていたわけで、さらにスクイズやおとぼくやけよりなやプリっちやTH2XRATEDやら出ていたわけで、何その桃源郷頭おかしいとしか言いようがない))。
恐らく、ではなく、既に発売日決まっている・あるいは決まってないけど十中八九今年出るというものでは、個人的には何といっても『花と乙女ロイヤルブーケ』さまと『シュガスパ2』さまがあるわけで(喜びのあまり様付けしてしまった)。マジヤベエー。究極的にヤベエ。他にも『エヴォリミット』とか『置き場』とか『ホワルバ2』とか、不安半分期待半分の『クド続編』『車輪続編』とかあるわけで、あと『おとぼく続編』もあるわけで(続編多いな)、その上さらに当然ニトロプラスは2作品くらいは何か出すと思われるわけで、
まあなんつーか一言でいえば、2010年は凄そうです。


さて、最後に「村正」の、とりあえずの感想を。


装甲悪鬼村正


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まだクリアしてないんですけど、語りたいんで語ります。ちなみにここまでの感触は、大傑作。ヤバイです。あー、てゆうかまだ一人もクリアしてないんですけどね。とりあえず英雄編に進みました、という段階(具体的には一条と光が初接触したあたり)。ということで、そこまでのネタバレがあります。
しかしもう30時間プレイしてるのにまだそこってどういう塩梅だ……!(そしてプレイメモが早くもノート一冊埋まっちゃいそうなんですけど)

あ、勿論、そういう段階で書くわけなので、なんか途方も無くずれたこと書くかもしれませんが、クリアした後にまともなの書くつもりなので、大目に見てやってください。

――良いこととか、悪いこととか。
生きるとは、そういうことではないのですか。
――命が生きるところに罪はなく。
罰もなく。
――命は命として純粋にあればいい。
それが、正しいありかた。
――ああ、わたしたちは!
ひたむきに、生命であればよかったのですね!
生きるということだけを追えばよかったのですね!
ただ、生きる。
命として素直に、純粋に――

最初の方の一文。良いとか悪いとか、そういうのではない。突き詰めれば「何でもない」というのが最も正しいでしょうか。たとえば、人の役に立つとか、出世するとか、趣味や特技を極めるとか、社会貢献とか、まあ命の使い方は様々あるけれど(可能だけれど)、別にそれは命の本義でもなんでもないわけですね。たとえば生きて、頑張って何かをやって、最後に「有意義な人生だった」と自分で思ったり、あるいは周囲が「あの人の人生は素晴らしかった」と思ったりする、としよう。だがそれは、”自分が思う””周囲が思う”というものでしかなく、別に命の本質でも本義でも何でもないワケです。逆(無意味な人生、無駄な人生)なんかも同じで。ありとあらゆる価値評価も意味評価も、全て社会だったり、個々人の価値観だったりというフィルターを通した上でのモノであって、それは別に命とは何ら関係がない
良いことをするとか、悪いことをするとか、それは社会とか個人とかからの評定に晒されることはあっても、命自体の評定にさらされることはない。道徳も法律も(神も)命とは関係ない後付のモノでしかないのだから、「命が生きるところに」罪も罰もありえない。(※「人が生きるところに」ではなく、「命が生きるところに」というのが重要。「人」という単位では、社会や個人という器官が機能するのは当然であり――むしろそれが機能するが故に人だといえるかもしれない。この辺、まだクリアしていない身としてはちょっと悩むところで、たとえば”かかさま”が語る武≒光が語るところの武は、しごくアフォーダンス的な、そのものの本質に合ったところである。 <<刃を見よ! 唯一の真実は其処に在る!>> <<この鋭さは―― 人を殺す!!>> <<武とはただそれ限り! 他には一片たりと無し!>> という”かかさま”の言は、存在の形質こそが本質であると語っていて、それはある意味アフォーダンス的な捉え方でもある(”かかさま”的には、人を傷付けない・平和の為の「武(刃)」というのは、その形質を社会や個人という器官で塗り固めて虚飾したものである)。これに対する解等までまだプレイしてないので、本当に何とも言えないところなんですけどね)

さて、戻りましょう。ボクはこれをある意味「器官なき身体」的だなぁと思ったワケです。「器官なき身体」というのは、たとえば身体的器官でいえば、人間には口とか手とか付いてるワケで、何かを自分の体の中に入れたいなと思ったら、そこにはどうしても「口」という器官が付随してくるし、何かを所有したいなと思ったら、そこにはどうしても「手」という器官が付随してくる。それを失くしては達成できないわけではないのですが、しかしそれら器官を介すのが最も手っ取り早く効率的であるし、それ以前に、我々意識していなくても、欲望などの行使の際に「そういう器官を介して」というプロセスが自然に介入してくるでしょう。そして、その所為で「ねじまがっている」とも言える。器官を介さざるを得ない結果、達成時にも初心からの何らかの変化がそこにあると言える。
その「器官」というのは、決して身体的器官だけではなく、精神的なものにも言えるわけです。たとえば社会とか集団とかはベタにそうですよね。これをしたら、社会的にどう思われるか、周りからはどう思われるか。これをしたら、社会的にどういう意味があるか、周りから価値を見い出してもらえるか。そういったものが「介在」する。良いこととか悪いこととか、罪とか罰とか、そういうのはまさに「そういう器官の所作」であり、「命の所作」ではないわけです。
「器官なき生命」として考えれば、光の云ってることはまったくもって正しい。ただしそこには、発するのも受け取るのも器官を介さずに果たして可能なのか?という一つの不可能性があるわけですが(クリアしてないので分からんですけど)。
「これは英雄の物語でない」というのも、ある意味その通りであって。敵(六波羅)への反感という勝手な期待や、正義という勝手な幻想、それを持ってして英雄は出来上がる。英雄の内実を埋める本質はどこにもなく、期待や幻想の上に構築されるのが英雄である。えっとつまりね、英雄というのは、刃だから人を殺せる、ゆえに武というのは殺す(ことのできる)力であるというアフォーダンスとか、社会や集団や個人、あるいは価値や意味や倫理という器官を介さずに「在ることが出来る」命のような器官なき存在とかと同等にあることは”ありえない”わけです。何かを介さないで英雄が生まれることはない(もしあるとしたら、それは(たとえばFateにおけるギルガメッシュのように)人間ではない。本質に英雄が書き加えられているという、神の祝福が必要である)。
そのような「器官」を排して――命が命として純粋にあるのと同じように――見たらどうだろうか。勝手な期待や幻想を抱かずあるがままを見れば、器官なく見れば、そこに英雄は存在しえない。故に、「これは英雄の物語ではない」。(――「これは英雄の物語でない」この言葉は何処で発せられたかというと、パッケージ裏とか、暗転時とかであって、物語世界内ではないわけです。つまりこれは「われわれに」こそ向けられた言葉でもある(んじゃないかなと))

うーん、クリアしてないと、書けることがないなぁ(笑)。もっと書けると思ったんだけど。
少しドゥルーズ的なのかなとも思いまして。とはいえボクはドゥルーズすっごい苦手(理解できない的な意味で)なんで、まあ色々と的はずれもいいとこだと思うんですけど。たしか「意味の論理学」だかで、「価値があるとは分割できないもののことである」みたいな感じのことを言ってたと思うんだけど(「差異と反復」だったかも)。分割というのは、もちろん「説明可能性」みたいなことも指しうる。たとえば「正義」について、説明できない・理由の無いことだと語られている部分もある(「何となれば理論によって悪の否定を説明する場合、それを覆す理論が生まれたとき、悪は認められるということにもなり得る。」)。「狂の正義」という言葉でもあったが、もし真に正義足らんとするなら、それは説明も理由も存在しえないだろう。悪を理論で否定するとその裏返しで悪を理論で肯定されうるのと同じく、正義を理論で肯定するとその裏返しで正義を理論で否定されうる。
つまり、「正義」というのは、理論もなく説明もなく理由もなく動機もなく理屈もなく真実もなく意味もなく価値もなく正当性すらもあってはならない。正義を○○で肯定するのなら、○○で否定されうるのだから。正当性すらあっちゃあいけない。―――いや、つまり、極端な話、「肯定すらされてはいけない」。突き詰めるならばそこになる。そんなあり方は狂っているでしょう。それは狂いに違いない。 「この少女は狂っているのではないか」「真っ直ぐに狂っている。誰よりも正しく、狂っている」

しかしその、「説明できない」というのは、説明できない分だけ強い。
たとえばですね、

突如、俺は知った。
何の前触れもなく、何の根拠もなく。
ただ、天啓の閃きで、
 湊斗影明の敵とは
  雪車町一蔵なのだ

という一文がある。雪車町と戦いになった際に、本当に唐突に(プレイヤーにすら唐突に)、影明の敵は雪車町だと、彼が確信するのですが(もちろん、ここでいう「敵」とは、今対面しているという意味での敵ではなく、存在として許されざる/同じ天を抱かざるモノという意味の「敵」でしょう)。
これは「前触れもなく、根拠もなく」と言いますが、それでも説明はできるでしょう。たとえば最果てまで迷いも悔いも悩みも置き去りにして貫き通す雪車町の在り方は、迷って悔いて悩んで結果鞭打って進んでいく影明の真逆である。迷いも悔いも悩みも置き去りにして(無い、のかどうかは分からないけれど、少なくとも「それよりは」と、優先順位が明確ではある)自己を通す雪車町が、そうあれない影明に「そうあれないテメエはダメだ」と否定されるんだから、そりゃムカつく。だいたい影明は「そうありたい」ワケじゃないんだから。迷いや悔いや悩みを積み重ねてしかもそれを律儀に背負っていく男なんだから。
―――たとえばそういう説明はできるけれど、しかしそれで、ここの一幕を説明しきれるわけではない。

無根拠には二つある。あとから根拠が分かるもの(※永遠に「分からない」場合もあるけど)と、根拠が隠蔽されているもの、の二つ。本当に根拠自体が存在しないというものはありえない。当然なんですけど。どんな些細なものでも、自分自身ではないものでも、無意味で無意義なものでも、根拠自体は存在している。「なんとなく」というのだって、突き詰めればなんらかの(たとえば風が強かったからとか、昨日の晩飯がお蕎麦だったからとか、今日空き缶を一個も見てないからとか)そんな関係ないし下らない理由が因果しているのかもしれない。虫の知らせや第六感だって、過去の経験から来る・埋没した記憶から来るアイデアの裏口と見て取ることもできる―――なんか水掛け論ぽくなってきてしまったなぁw
さて、まずは後者の、「根拠が隠蔽されてる」とはどういうことかというと、実は根拠を分かっているorだいたい分かっているけれど、”自覚したくないから”、分からないフリをしているor無意識に分かろうとしていない、みたいな状態です。まあなんとなく皆さん思い当たる節とか一回くらいはあるんじゃないでしょうか。これやったらヤバイなーと知っているんだけど、ついやってしまう・これやらなきゃヤバイなーと知っているんだけど、ついやらないでしまう。何故そうしてしまう(しないでいる)かというと、たとえば誘惑に負けたとかそっちのが楽だからとかそっちは怖いからとか、そういう、”自覚したら自己嫌悪してしまうようなこと”。……というか、自覚してたらそもそもそっちの選択自体ができ得ないことでもあるのですが。えーと、そんなんどうでもいいのでもう一個の方。「根拠があとからやってくる」もの。
村正のここの場合は、恐らくこれであり、たとえばその根拠自体は、上記したようなこととかで説明することができる。前触れもなく根拠もなくというけれど、実は根拠はあったじゃないか、と。しかしそのように根拠を書き連ねただけじゃ足りないんですよね。その時点で影明に根拠は無かった。前触れも無かった。ただ天啓のように「敵」だと確信した(喩えが天啓なのだから確信で間違いないでしょう)。それは後から考えれば、影明自身でも根拠を見い出すことが出来るでしょう。我われも、その根拠を見い出すことができる。しかしこの時点では、根拠もなくそう思った。それはつまりどういうことかというと、根拠より迅いということです。根拠よりも迅く、心・身体・精神・思考・技が奔っている。
これは言葉でも理由でも理論でも理屈でも説明しきれないでしょう。完全に割り切れない。如何なる根拠を書き連ねても、その速度自体には届かない。根拠の中に、この迅さは含まれていない。迅さの結果は、さらに含まれていない。
そういう意味では何にも負けなく強いのです。言葉すら一つの「器官」と見て取ることが出来るならば、それで説明しきれない迅さというのは、圧倒的なものである。

アフォーダンスというのは、”器官しかない”わけですが、しかし社会とか論理とかいう器官は確実に無くなる(無くせる)わけです。しかし器官そのものに縛られてしまうとも云える。刃は、たとえ人を救う為に働きたくても、人を殺す道具というのが第一義で本質になってしまう。命が命のままであるためには、ならば、そこに至るのか――つまり人が何故生きているのか、その在り方の本質を求めることになるのか。それともという「解」――つまり「光を否定する解」が出てくるのか。
正直、まだクリアしてないんで分からないんですけど。そういうところに期待したいですね。つーかいつクリアまで辿り着けるんだろ自分。

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2010/01/06 | Comment (0) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ |

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