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『airy[F]airy(エアリィフェアリィ)』雑感

   ↑  2010/02/04 (木)  カテゴリー: 未分類

airy[F]airy 初回限定版airy[F]airy 初回限定版
(2010/01/29)
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よーし、クリア直後「あれ、俺バッドエンド入っちゃった?」と思った人や「隠しルート・真ルートはどこー」と探した人は挙手だ!(たぶんかなりの人が挙手する予感)

ということで『エアリィフェアリィ』、アルマンドだの曜日の戦い・七曜の王だの主人公の過去(トラウマ)だのといった伏線・設定が、これほどまでに放置・未回収されるゲームはそうそうない、と言えるくらいの投げっぱなしジャーマンぷりに僕たちは戦々恐々(意訳:これ未完成じゃね?)なんですが、かといって『ぼるしち』における真世界編のような真ルート・真相解明編があったら、それはそれで『ぼるしちの二の舞』(意訳:前半or後半のどっちかが無意味になるゲーム)になってしまうのでこれはこれでいいんだと思いました。まる。というかRococoWorksが「完成」させてしまったら『Volume7』になってしまうと思われるわけで、そうなるとお話が分断された二層として離散されてしまう可能性大なので、要するに『ぼるしち』になってしまうくらいなら伏線とか設定とか語られない方が良い(酷い言い方)。
後半(真世界編)が無い分の補填を前半三編に施した『ぼるしち』というのが、最も端的な言い表し方でしょうか。「人の心」と「謎・設定」が相容れなかったのが前作の残念なところであり、だったらと本作は、「謎・設定」の方をうっちゃってみた。もちろん、それだけで終わりというわけではなく、その代わりに手に入れたものもある。個人的に、このゲームは不思議な魅力に溢れてるなぁと思ったのですが、その要点はそこにあると思われます。謎や設定を展開しておきながら、エルモと彼女の(作中で描かれる分の)歩みに直接結び付かない謎や設定は、当たり前のこととして、あるいは関係ないこととして、触れなかった事。

本作を一言でいうと「タイトル通り」のお話でしょうか。「airy[F]airy ~Easter of Sant’Ariccia~」。サブタイトルも含めて。Fが”くくられてる”点も含めて。
名は体を表す理論、確定記述理論に基づいて、タイトルがそのゲームについてを語っていると仮定しましょう、ならば謎や設定を語らないこの形で充分じゃないだろうか。伏線だの設定だのは回収される必要はないわけです、これはエルモの復活祭であり、空気と同じくらい何気ない中に隠されている[F]に出会うお話し。深くない、トラウマらない、伏線や設定を放置している、けれどそれが”味”というか、むしろ”それだからいい”と思える―――そんな御話し。

以下ネタバレで、少し。






……が、門を閉じてしまうことができない理由があった。
それは――
(――サンタリキアに集う聖霊のため……)
火曜の戦いの結果によって開閉が制御される”門”の隙間からこちらの世界に流れ込んできた、自我のない小さな妖精たち。
存在感も限りなく希薄で、この世界を風に身を任せて漂うも、年に一度――夏至の日にサンタリキアの元に集まる。
そして、彼らは神木の近くにいた人々の”想い”に感化され、自らの身体を光らせるのだ。
それを聞きつけた者たちが神木の下へ集うようになり、やがて祭りという形に変化し――
サンタリキアに宿るのは、『未来を誓い合う二人を祝福する聖霊の光だ』と囁かれるようになった。
(――実際は、集った人々の想いが『光』を生み出している)

門を閉じれば、向こう側からやってくる脅威はなくなる。モニカシナリオで語られてたように、聖霊(妖精)の中には人々に危害を加えるような”脅威”の存在も居るわけで、そういうのがやってこないようする為に、普段は門を最小まで閉じているわけです――その為にも、火曜の戦いに勝って、門の開閉率をこちらでコントロールできるようにならないといけない。ならばいっそ、そんな面倒なことをしないで、最初から門を閉じきってしまえばいいのではないか? 確かにそれこそ最効率、そうすれば脅威がやってくる筈がありません、しかしそれだと、サンタリキアに集ってくるような聖霊すらやってこれなくなってしまう。それだと困るから、戦いに勝って、尚且つ門の開閉率を”閉じすぎず、開けすぎず”でコントロールしなければならない。
これは(エルモの)心の暗喩として見ると、結構治まりがいいのではないでしょうか。火曜の戦いはカードバトルでしたが、エルモ自身が、人とのやりとりをカードバトルで暗喩していたこともまた余計にそれ的です。手札のやりとり・心理のやりとりというカードバトルで勝って、門を閉ざせば(心を閉ざせば)危険に出会うことはなくなる、しかしそうしてしまうと、「想いが祝福のように光る(聖霊)」ことも無くなってしまう。
存在感も希薄で、風に身を任せて漂うだけの、エアリィのような妖精は、心の門を閉ざしてしまえば、いなくなる。しかし門を少しでも開けていれば、人の想いに感化して光り――エアリィに、門閉じされていた[F]が加わり、フェアリィとなり――、それはまるで祝福するようであり。

一言でいうと「エルモの復活祭」ということではないでしょうか。まあ復活というとちょっと大仰ではありますが、新たなるはじまりということですね。だからこそ、サラがラストルートに固定されていたことも、彼女のお話が主人公の鏡像・再現前(やり直し)であったことを考えれば納得なわけでして。ED曲の歌詞を借りると、「迎えた新たな旅立ち、確かな決意」。
――大切な彼女も、守って生きていく。  ……10年振りの再発車に、僕はそう決意した。
(――まあ、それはそれで……)  僕にとっても、彼女にとっても。  ……そして、この子たちにとっても。  ――ひとつの幸せの形であることは、間違いないと思った。
まんざらもない彼女の表情から、今日とい一日が始まる。  それは昨日までとは違う……ふたりにとって、新しい日。
これからきっと色んなことがあるけれど、でも、サラと二人で共に歩んでいきたい。  僕たちはそっと微笑み合うと、今確かな約束を交わした。
(上から順に、ヘレン・コレット・モニカ・サラの(ほぼ)ラストの一文)
10年前から……いや生まれた時から「もう既に不幸が確約されていた」彼自身が、だからといって、心を閉ざし・他人を拒絶し・全てを諦めなかったから輝いた光。受け入れてもらうために、ウソをつけなくなったり個を押し留めたりを10年以上やってきて、それはもはやその身に癒着していて、しかしそれでも、受け入れてもらいたいという希求が導いた新しい始まり。

ヘレン以外のヒロインも結構大概ですが、特にエルモなんかは、一言でいえば「現実にいたらこいつめちゃくちゃめんどくせえな」と思わせる性格の人物でして、プレイしてて「うざい」と思う場面がちょっとあったりしましたが、しかしだからこそ、これほど細かい機微が描けているワケなんですよね。それと同様に、謎や設定を描かないという選択が、そこに生きてる人だけを描くという結果を導いている。要は軸足の話ですね。物語が謎や設定に向かったら、エルモの復活とエアリィの中のフェアリィというお話という、現状の形からはずれてしまう。ただこの世界の中で、別に山も谷も無くぐだぐだ過ごすだけでわれわれとしては充分楽しかったわけで、ヘレンやコレットと妖精さんの掛け合いを見ているだけで充分楽しかったわけで、エルモがガスパーレさんやオットリーノ先生とイチャつくだけで充分楽しかったわけで――けれど謎や伏線に踏み込んでしまったら、その楽しさは見失われる。(もちろん、上手く描ければ失われないけど、『ぼるしち』の例を見るに……)。
もうひとつ言えるのは、そこしか描かれない故に、逆に強調されるということです。なぜ謎や設定が描かれないのかというと、そんなことよりエルモと彼女の物語の方が大事だから。なぜアルマンドの真意やエルモの過去の掘り下げが描かれなかったかというと、過去・終わってしまったことよりもエルモと彼女の未来の方が大切だったから。それはこの物語――『airy[F]airy』として十全なカタチではないでしょうか。此処に描かれるは、此れまで歩んできたからこうして在る、エルモの新たなる始まり、再出発であり、それを描くのが肝要であり、ならば謎も設定も当然二の次である。たとえば僕らの世界や社会にある謎や違和感や理不尽が、僕らの人生とは直接に結び付かないように。

たとえば、上に書いたように、聖霊の光を人の想いに対する祝福の隠喩と考えると、妖精が一体何なのかが分からないからこそ、「Fairyは「いるかいないかわからない」[F]で括られた状態」であるわけで、その不確定な状態こそが、逆に希望となるとは、はっきりと言い切れるでしょう。忌み子で、みんなに嫌われて、親に捨てられて、――それが彼にとっては空気のように当たり前(airy)だったけれど、けれど、その当たり前の空気の何処かには、彼の想いが祝福される[F]が潜んでいる。

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