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「白光のヴァルーシア」について

   ↑  2010/03/12 (金)  カテゴリー: 未分類

白光のヴァルーシア ~What a beautiful hopes~白光のヴァルーシア ~What a beautiful hopes~
(2009/11/20)
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このシリーズの感想を書こうとすると、いつもこうなるかもしれません。当然のように書くことがない。というか、書かない方がよっぽど良い。ボクの書きたい感想は、感想というよりは作品解釈的な面が大きいかなぁと思っている(自分で言うとアホだなw)のですが、まあしかしそれだと書くことがない。と、いうか。書かない方が明らかに良い。この作品のテキストに意味のない文章など存在しない。いや、本当に存在しないのかどうか分かりませんが、少なくとも「存在しない」と思ってしまうぐらいに、全ての文に意味が潜在/顕在している。基本的には隠喩とハイパーリンクだらけです。換喩ですら同質であろう。だから、この作品を解釈として文章に卸すなんて持っての他でしょう――もちろん、数万字かけるのなら、ある程度可能かもしれませんが。少なくとも。他の言葉に換言して。作品の価値を高められるなんてとても思えない。ああけれど、換言という纏める作業によって、作品の価値は引き出せないけれど、自分の中のという括り付きでの作品の価値になら、アプローチできるかもしれない。

と、ここまで書いて気づいたけどコレただの言い訳文じゃねえか。ということで、しょっぱいことしか書けないけど、まあそれでも何か書きたいので、なんか書きます。そんなこんなで、以下ネタバレです




what a beatiful hope. その正体は「無限に広げられること」とか、そんな感じかなぁと思いました。「無限」の一言でもいいかもしません。や、ここでいう「無限」とは、有限だけど数え切れない・果てまで辿り着けないので実質無限、という意味でもありまして(つまりどちらでもいいんです。それを視るのも・歩くのも、全てひとなのですから、ひとにとって無限であればいいだけのこと)。
ひとはそれを何と呼ぶだろう。
時に、真の<<盟約>>と呼ぶこともあるか。
時に、こころ、愛と呼ぶこともあるか。
そして、それにはおおよそ、
かたちがなくて――
「無いもの」というのが一大重要物であって、かたちがない、つまり実体が無いというものですね。<<盟約>>もホラーも神も恐怖も、言わずもがなソレである、実体が無い。
また、ルナが夢見で拝聴する言葉たちも、同じく「無いもの」を求めて訊ねている。「あなたの心を疼かせる、最たるもの」それは声・言葉・心。「あなたの心を・物語を阻むもの」それは罪・後悔。「あなたが進むための糧・あなたの心を輝かせるもの」それは願い。
それらは実体が無いものです。実体無き<<盟約>>に砂漠の人々は縛られ、実体無き「神」に西亭やヒルドたちは囚われ、実体無き「ホラー」に民は害され人は道を阻まれ、実体無き「恐怖」に捕らわれると人は発症し、死ぬ。そう例えばある種のフィクサーであるトート(トト)でさえ、人と繋がらなければ存在できない実体無きものと語られていました。
人々を縛るものたち。それは実体が無いもの。だけど、だからこそ、心を縛ることが出来る。それらが人々の何を縛っていたかというと、「心」です。心の縛りが、身体の縛りにも繋がる。口は<<盟約>>を破る言葉を発してしまうこともあるし、神は肉体にどんな罰も実際にはお与えにならないし、恐怖症は身体を奪うが恐怖そのものは(心以外の)何も奪わない。仮にも、喩えるならば、という保留付きで受肉を果たしたホラーは人の実体を侵し殺しますが、それは単純な殴る・刺す・穿つといった物理的剥奪にあらず……というかメカニズムがよく分からないので何とも言えないのですが、「迷宮のホラーの王」が、人の心をこそ殺すものだったことが、その象徴ではないでしょうか。
同時に、人々を進ませないもの、あるいは進ませるもの、それもまた実体の無いものである。 「あなたの声を聞きました。あなたの心を聞きました。あなたの物語は、きっと紡がれていく」 「あなたの罪を聞きました。あなたの後悔を聞きました。あなたの物語を、阻むものが何かを」 「あなたの物語は紡がれるでしょう。きっと、阻まれることなく。きっと、迷ったとしても」 。それぞれ、声・心を聞いた後と、罪・後悔を聞いた後と、願いを聞いた後の返答。翻れば。「きっと、物語を紡いでいく」――きっとと云うように、確実ではないけれど、物語を紡いでいくことになるであろうもの、つまり原動力。それが心であり、声であり。それは実体無いものである。「物語を阻むもの」――罪を聞き、後悔を聞き、そう語るのだから、それは当然、阻むものとは当然、罪・後悔のことであり。それは実体無いものである。「物語は紡がれるでしょう」――阻むものを乗り越えて、迷っても辿り着ける、指標・導きとなるもの。それは願い。それは実体無いものである。
声・心も、罪・後悔も、願いも、全て実体無く、ひとの心や精神の中にあるもの。それが物語――つまるところ人の歩みの、原動力になったり、阻むものになったり、指標や導きになったりする。

人は実体の無いものに心を縛られて、それにより自身の肉体までも縛って、そもそも心もまた実体が無いのですが、それがまた自身の肉体までも縛って。そして物語をも阻む。人が歩む道すらも阻む。しかしその実体無いものは、物語を進めるものでもある。人が歩く原動力であり、道標でもある。

その実体無いものの対極として、「手」があります。シリーズ共通のモチーフでしょうか。手をつなぐ、手を伸ばす、手をさしのべる。
「手」というものは、自身の肉体の最果てでもあります。自分の肉体の末端であって、自分の体はそこまでしかないわけですが、同時に、その手で掴んだり取ったりできるわけです。――つまり、最果て・限界点でありながら、「それ以上」に繋がる入り口でもあるわけですね。
手を伸ばせば、自分の果てに届くし、届いた先(の誰か)は、それまでの「自分の果て」を、無くしてくれる、広げてくれる。「無限に」広がっていく。
もちろんそれは相互的です。自分が寂しいからと手を繋げば、自分の寂しさだけでなく、繋がれた相手の寂しさも掬い上げられるでしょう。助けたいからと手を伸ばせば、誰かを助けることによって、その事実によって、自分も助けられるでしょう。これもまた、「無限に」広がっていくことができる。

――では、そもそも、「なんで手をさしのべるか」というと。その元となっているものは、原動力は、「心」である。まあ当然といえば当然ですよね。反射や習慣以外で身体を動かすものは何かといえば、感情や想いや気分や欲望や欲求や願望やらといった、心や精神である。見えないもの――実体の無いものが、身体を動かすわけです。作中では、願い・それに応える<<願い>>が、特にクローズアップされていたでしょう。

心をもとに歩み始め、しかし自身の心・実体無いものにそれが阻まれ、しかし、実体ある「手」がそれを乗り越えていく――けれどそもそも。その「手」を差し出すは「心」より。心が身体を止めて、心が身体を動かす。人は自分の心に、あるいは砂漠の女王が云うように「ひとりではない・繋がっている」故に生じる実体無いもの(社会(<<盟約>>)や、恐怖(誰かを失う怖れ))に縛られる、けれども、それを乗り越えるのは実体ある「手」であり、そもそもそこで手が動くのは実体無い心(願い)からであって、さらに言えば、そもそも人が歩み始めたのだって「心」があったから――心が、物語を紡ぎ始め、願いが、物語を導くように――であり、それらは無限に広がっている。無限に繋がっている。
さらに、それが、「一人ではない」としたら――手をのばし、手をさしのべて、手を繋ぎ、一人ではなかったと/なくなったとしたら。それは本当に無限に繋がって・広がっていくのではないでしょうか。


そんなこんなで what a beatiful hope. これはある種のおとぎ話みたいに理想的で、虚構的で、あるいは、いや正しくは夢みたいなもので、むしろボクらが見ている現実はヒルドの言うとおりに視えてしまっていて。
【ヒルド】 望むことはすべて叶わない。すべて、すべて、絶対に叶わない。
【ヒルド】 でもね? どうか姫さま、ご安心なさって?
【ヒルド】 世界というのはそういうものなの。神はいない。願いは届かない。誰も助けてはくれない。
だからね、ラストの部分とか、納得は出来るし了解はするけど、夢だなぁと、ボクは切り離されてしまった。いや、その、ザハカが「愛だと。――莫迦な」とのたまった時、ボクもまた「莫迦な」って感じではありましたよ。それが美しい希望なのか、莫迦な、それじゃ現実で手に入れる/届くのが困難すぎるし億劫すぎるじゃねえか、と。いや途中からこうなりそうな気はしてましたけどね。ただこれが並大抵の物語だったら、ラストで愛だの希望だので大団円的な空気を醸し出されたら、莫迦などころかプゲラとなっていたかもしれませんが、しかしそれとは全然違う、諦念の莫迦なを思わせたところは流石と言ったところでした。つうか素晴らしい。凄い。こんだけ遠くに視させるだなんて。本当に美しい希望で、美しすぎる希望だからこそ、逆にこの世のどこにもありえないと、あっさりと、ぶっちぎられるほど。
ヒルドだって、もしも炎に包まれる前に、誰かが彼女に手をさしのべていたら、結果は変わっていたワケで――こんな台詞は彼女の中に存在しえなかったワケで。神さまは助けてくれない。誰も助けてくれない。――筈だけど。たとえば炎に包まれる前に、もしも誰かが、手を差し伸べてくれてたら。そうはならない筈であって。まあこれ以上は語るに落ちるので(現状でも十分落ちてますけど)、以下略ということで、終わらせていただきましょう。

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2010/03/12 | Comment (2) | Trackback (0) | HOME | ↑ ページ先頭へ |

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 |  2010/03/13 (土) 22:28 No.1


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 |  2010/03/14 (日) 19:32 No.2

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